当寺は縁起に依り子安大師(赤ちゃんを抱く弘法大師)を祀る唯一無二の寺であります。他の子安大師の名称を名乗る寺院とは一切関係はありません、御参拝、ネット検索時には特にご注意ください。

お知らせ

ご祈祷のご案内

日付の予約状況をクリックすると拡大します。ご予約の状況はすでに変わっている場合がありますので、お電話でご確認ください。

香園寺について

香園寺の縁起と歴史

聖徳太子の開基

香園寺は、聖徳太子(574~622)が第31代用明天皇の病気平穏を祈願して創建したと伝わっています。
夢の中に、七彩の雲と天より降りた金の衣を着た白髪の老翁があらわれ、「二名の島(現在の四国)に霊地あり。梵舎一宇を建立せば病脳忽ち平癒すべし。」とお告げを残しました。
聖徳太子はその命を受けてこの地に渡り、霊地を探しました。林の中で一夜を過ごした明け方、金の衣を着た白髪の老翁が霊鳥に乗って現れ「仏法有縁の霊境なり。(ここが仏道に深い縁のある神聖な場所である)」と告げました。よってここに七堂伽藍を建立しました。竣工の折、この老翁が再び現れ、一七日間御堂の中にこもって本尊を安置しました。このお陰で天皇のご病気は治り、当山は「教王院」の山号を賜り、祈願寺とされました。

行基も訪れた寺

天平年間(729年~749年)、行基菩薩が行脚の途中に立ち寄られ、お堂を建立して多くの信徒を悩みや苦しみから救ったという言い伝えがあります。

弘法大師がのこしたもの

大同年間(806年~810年)弘法大師が四国巡教の際に、当山の麓で難産に苦しむ一人の妊婦に出会いました。加持祈祷したところ、安産となり、玉のような元気な男の子が誕生しました。その元気なうぶ声は、近隣に響き渡ったそうです。
これが機縁となり弘法大師はしばらく香園寺にとどまりました。塔中六坊を創建し、自らもその一坊に入りました。また、中国から持ち帰った金像一寸八分(約5.5センチ)の大日如来を、本尊の胸間に納め、脇仏不動明王の彫刻をのこしました。弘法大師は、安産、子育て、お身代わり、女人成仏を祈る秘法を寺にのこしたと伝えられています。香園寺が「子安の弘法大師」といわれる由縁はここにあります。弘法大師は、唐木梅檀を焚き、護摩修法を寺にのこしました。「梅檀山教王院香園寺」という名は、これに由来します。

四国八十八カ所霊場に

しばらくして、四国八十八カ所第六十一番霊場に定められました。このお寺にお参りする人は、極楽往生の妨げとなるような悪い行いが消え去り、現世では安穏に生活でき、後生ではよい世界に生まれる、という仏の境地を得ようと願掛けをします。

寺の衰退と再興

その後、数百年を経て、信仰により栄えましたが、戦国時代、元亀天正の乱で長曽我部氏の兵火にあい、七堂伽藍が焼失、寺は衰退しました。
 明治三十六年、瑞円大和尚住職となり寺は再興します。子安大師のご誓顧により、大正時代の始めの頃、「子安講」が創始され、日本全国はもとより、朝鮮、台湾、満州、青島、遠くはアメリカまでも布教されるようになりました。こうして全国に20万人を超える信者を得て、多くの人々で賑わい「子安のお大師さん」と人々から親しまれるようになりました。

ご詠歌

「後の世を おもえばまいれ 香園寺 とめてとまらぬ  白滝の水」

弘法大師ご詠歌

「あな尊と 子安大師の ご利益を うけし産子の 声ぞいさまし」

香園寺のご案内

境内マップ

第61番札所 栴檀山 教王院 香園寺

宗 派 真言宗御室派
本 尊 大日如来
開 基 聖徳太子
創 建 六世紀後半
住 所 〒799-1102
愛媛県西条市小松町南川甲19
電 話 0898-72-3861
駐車場 第一駐車場(常時):普通25台
第二駐車場(繁忙期):普通50台・大型3台・終日・無料
備考 *トイレは駐車場に隣接しており境内にはございません。

❶大聖堂

❷聖徳殿

❸子安大師堂

❹本地堂

❺手水鉢

 

❻鐘楼

香園寺アクセスマップ

奥の院

奥の院は、本堂より2kmほど離れた山の中にあります。
昭和8年2月28日にお堂が建てられました。毎月28日午前11時から不動護摩供が修法されます。

お堂から200mほど奥に「白滝(しらたき)」という名の滝があり、年間を通じて滝行(水行)を行なう者が後を絶たない修行の場となっています。
奥の院の本尊は不動明王で、両脇にセイタカ童子とコンガラ童子が祀られています。

渓流に沿う参道には桜や楓などの木々に彩られ、ハイキングコースとしても人気があります。

奥の院アクセスマップ

子安大師について

香園寺は、聖徳太子(574~622)の開基という四国霊場屈指の古刹です。
縁起によると、用明天皇(在位585~587)の病気平癒を祈願して、皇子である聖徳太子が建立したと伝えられています。このときに、聖徳太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が飛来して、本尊の大日如来像を安置しました。そののち天皇から「教王院」の勅号を賜りました。
天平年間(729~749)には行基菩薩(668~749)が香園寺を訪ねています。
そののち、弘法大師が訪れたのは、大同年間(806~810)でした。門前で身重の婦人が苦しんでいるのを見た弘法大師は、栴檀の香を焚いて加持、祈祷をしました。すると婦人は元気な男の子を無事に出産しました。これが機縁となり、弘法大師は、唐から持ち帰った小さな金の大日如来像を本尊の胸に納め、再び栴檀の香を焚いて安産、子育て、身代わり、女人成仏を祈る「四誓願」の護摩修法をされて寺に遺しました。「栴檀山」という山名は、弘法大師が祈祷の際に焚いた香、栴檀に由来します。 それ以来、安産、子育ての信仰を得ています。
七堂伽藍と六坊を整え栄えましたが、天正の兵火により焼失してしまいました。明治36年に晋山した山岡瑞園大和尚により、大正3年に本堂を再興し、復興を遂げました。
大正7年には「子安講」を創始して、全国の行脚はもとより、東南アジアやアメリカまで足を延ばし、講員の拡大と寺の隆盛に尽力しています。寺が創始した子安講の輪は、海外にまで広がり現在2万人を超えています。
子安大師像は、背中にゴザ、右手に錫杖、 左手に赤ん坊を抱いた大師の姿です。

御祈願のご案内

安産祈願、子授け祈願、無事成育祈願(お礼参り)、人命名相談、心身健康祈願、家内安全、病気平癒祈願、厄除け祈願、等々直接祈願を受ける(ご祈念)には、お電話でご予約ください 。

  平日 戌の日(日・祝)
時間 午前10時30分~午後14時00分開始 午前9時30分~午後15時30分開始
御祈願 午前2回・午後2回 午前3回・午後3回

参拝出来ない方は、お電話でお申し込み出来ます。
(本人の住所・氏名・生年月日等々必要)
(代参の方、可)

お問い合わせ
TEL:(0898)72-3861(代)

御祈祷・御相談 御予約状況

ご予約の状況はすでに変わっている場合がありますので、お電話でご確認ください。

水子供養

流産、死産をなされた子供の供養をいたします。霊供膳、略位牌を供えて読経して供養します。準備がありますのでお電話でご予約してください。

時間 午前9時〜午後3時まで

お問い合わせ
TEL:(0898)72-3861(代)

年中行事

初祈祷会
正月1週間
当山の伝統行事です。年末大晦日の19時の礼拝より、年明け1月7日の11時の法要までの期間行われます。6時、11時、19時の1日3回の21座(一七カ日)ご祈祷をする1週間です。
全国の子安講会員・信者の1年間の心身健康、家内安全、商売繁盛、交通安全等々、善願成就を祈願します。初詣の時に法用に参拝する事が出来ます。
聖徳会
2月22日
 
灌仏会
4月8日
灌仏会(かんぶつえ)は、お釈迦様の誕生を祝う仏教行事です。日本では原則として毎年4月8日に行われます。
お釈迦様(ゴータマ・シッダルタ)が旧暦4月8日に生誕した伝承に基づいています。降誕会(ごうたんえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、花祭(はなまつり)の別名もあります。
大縁日
春季/4月20日・21日、秋季/10月20日・21日
弘法大師のご入定の日(旧暦3月21日一正御影供)にち)なんでのご縁日、毎月21日を月並御影供といい、現在の4月20日・21日を春季、大縁日(10月20日・21日を縁日とします。)
両日ともに、護摩法要を6時、11時、13時から行ないます。また四国八十八ケ所お砂踏み、餅投げなど楽しい行事があります。
弘法大師誕生会
6月15日
 
土用祈祷会
7月土用1週間
期間は土用の入りから1週間。法要は初祈祷と同じです。
真夏の土用に、健康で夏を過ごすことができるよう祈願します。
施餓鬼会
8月17日
 
地蔵盆
8月24日
 
弘法大師御影供
毎月21日午膳11時より護摩供
弘法大師は承和2年3月21日にご入定された。その21日の日を真言宗では御影供という、当山ではその昔より、毎月21日午前11時に護摩法要を修法し、弘法大師のご遺徳に接し礼拝を行っている。法要の後は住職の話しが聞ける、自由参加。
不動会(奥の院)
毎月28日午前11時より護摩供(香園寺奥の院)
2月28日奥の院大縁日
当山奥の院で毎月28日午前11時より護摩法要が修法され、法話を聞いて、お昼のお接待を頂く。2月28日が奥の院ご縁日。気軽にご参加ください。

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